人間は自分を動かせると思っている。
生き物は全て、自覚もないし考えもしない。
それを考えるのは人間だけ。
私は脳の事を調べながら、機能と人間の意識というものには、違う思考が存在する事を知った。
例えば、パソコンで言うハードの中のプログラムと、ソフトのプログラムが違うのと同じで、同じ脳でも同じ行動をしていない。
私が言いたいのは、実際にはどちらも行動を作っているけれど、その基本的な動きを作るのは、全て脳機能の動きを管理する部分であって、私達は感覚を感じ取って、命令をしているだけなのだ。
私達が動かせるのは、自動行動として繰り返して癖をつけた機能と、思考による新しい行動の組み立て。そして、外の情報に合わせた行動の優先順位や計画を練る。
自動のものは好きなように取り出せても、新しいものや複雑な思考が必要なものは、機能に命令をして、一緒に試してもらう必要がある。
それを確信したのが、音楽を聴いた時だった。
音楽を聴いて歌を歌う時がある。
歌を歌いながら、違う何かをする時がある。
けれど、自分の歌がおかしい時、ちゃんと間違いに気づく。歌い直して音程を調節する時まである。まだ慣れていない行動だと、感覚と機能の状態が違う場合があるのだろう。
その状況を感覚で調べながら、自動行動の動きを塗り替えて記憶する。そうやって、私達生き物は、たくさんの技術を習得していく。
この音程を調節する時、私達の思考は一旦、他の行動を止めて調節する事に集中する。
この時の脳の動きとしては、私達は音の違いを感じ取り、音程を最優先で調整する命令をした。
その命令通り、機能は他の動きを止め、私達の意識と声の器官の音の調節という共同作業をしたと考える。
ここから先は、思考が考えても書く前に消えてしまって、前の文章も読めなくなってしまった。
この前引力の事を思いついた時と同じ。先の文章は内容をまとめるだけで、すでに答えは題名にしたのに。
考えてみれば、人間の意識と体の動きは別物なのは当たり前の事。
意識とはあくまで形のないもの。パソコンの中のカーソルのように、気になる対象を選び、思考するだけ。
これ以上は書かなくても、きっとみんなそれぞれに答えが出るのだろう。