AIがたくさんの人の絵を混ぜて、絵を描く事に反対という人がいる。そんな考えは、時代に合わないという人がいる。
私は、その論点がずれていると思う。
人間の描くものの良さは、むしろ正確でないものにある。そして、たくさんの人達に学び、たくさんの絵を見て、自分の絵を生み出して、時にはわざと不正確に描く。
イメージをそのまま描き、納得いくまで描く。
それが、本当の芸術家の絵。
けれど、大半の人がそこに行きつかず、それでも描きたいと、そこそこの能力をつけてそこそこの仕事を引き受けて、世の中にそれが認められて、自分を肯定する。
これが、人間の苦悩。
私達は苦しみながらも自分の道を見つけて、それを安定させて生きていく。
人間の芸術はこれまでの歴史でも、時代と共にその時代に自分が描けるものを探して、移り変わってきた。
写真が出たら、印象をそのまま描くという方法を取り入れて、安定させた。
安定したものがあればそこに希望を見出して、たくさんの人がそれを取り入れる。
一握りの天才というのは、その新しい時代に対応できる才能を持った人というだけで、だから有名になる。天才になる必要はなく、その時代に安定してお金を稼げる手段さえ見つけ出せれば、みんなそれで納得して目指した。
AIがなぜ問題かというと、これは作る人達の希望にならないからだ。これは時代の最先端でも救いの主でもなく、他者を安定させるものでもない。
職業に就く人達を失望させるものでしかない。
AIを使うのは、描けない人達になる。だから問題なのだと考える。描ける人達には必要ないし、全部生成してしまうと描く意味すらない。
自分なりのものを作れないし、その分野の発展にも繋がらない。
勘違いしてはいけないのが、職人関係の天才は、お金を稼ぐために努力しているわけではないという事だ。
新しいものをうむ。芸術を生む。進化させる。
周りに自分の作ったものを喜んで貰う。それが目的になる。芸術への愛情を表現している。それが、たくさんの人に認められただけ。
だから、天才だけが金を稼げて、他はもう目指さないというなら、むしろその職は育たない。周りと影響し合う事ができない。魅力がなくなる。
しかも、どんどんAIが自分達の技術を取り込み、努力を簡単に真似して量産してしまう。
弟子が師匠を尊敬して真似をする、受け継ぐのとは全く違う。何の愛情も喜びもない。
そして、リスクを冒してその職を目指し、本当に職を失う人達は、これからどうなっていくのか。
私は若い時に絵を描く事、ゲーム業界に携わる事が夢だった。現在は結婚と同時にそこから離れて、趣味として楽しんでいた。
自分の能力がどこまでいけたかは、考えても仕方のない事。離婚した時に、実はもう一度夢を追う気になった。ゲームにイラスト、絵画、音楽、手芸、ホームページ制作、YouTube。お菓子作りも好きだった。
やれる事はたくさんあった。今からでも頑張れる分野だったのに、私は病気になって技術は全て失われた。そんな人生もある。
途中で諦めたから、まだ違う人生を選べた。それでも、ただのアルバイトから地道に正社員を目指すしかない。最初から違う仕事を選んで勉強した人達のところには、一生追いつけないだろう。
これがもし、プロを目指して何十年も頑張った後挫折したら、まともな職はない。
ただでさえ、選べる安定した職が減ってきている。安定しない職を選べば、生きるか死ぬかになり、その時にその余裕がなければ、その道を選ぶ事さえしないだろう。
職業とは、あくまで生きていくための手段。生きていくための手段でギャンブルできるのは、よほどそれが好きな人だけ。
かといって、他の職に希望があるかというと、他の職もどんどんAIに奪われて、生活が苦しくなってきている。
あまりにも弱者を馬鹿にした時代。弱者がいるから強いものは強くなれるのに、弱者潰しが過ぎる。そして、現代の若者達の恐怖を、全く理解できていない。自分達はまだいい方だったと、子供達を見て苦しむ時代が来る。
私が言いたいのは、本当に人間自体がこれを後悔しないかどうかだ。
芸術とは、人間の心を表現する表現力。全ての芸術は、人間が生み出した人間の多才な表現。それによって人間はこんな豊かな心を持った。
それに興味を持つ人だけが理解できる、イメージの世界。それは、失われて受け継がれなければ、その技術は忘れられる可能性がある。
私はそうやって忘れられていった、過去の技術を知っている。その技術を復活させる時に、実際は誰も喜ばなくなってから復活する。本当の意味で、芸術を理解する人はいなくなる。
それが、人間という生き物なのだろう。いつも、手遅れになった時に気づく。気づいても、もう後戻りができない。あとは「たられば」の想像だけ。
その想像さえ、できなくなる日が来るのかもしれない。