こんにちは、月兎ありすです。
脳の勉強をしてから、最近多次元についての解釈を自分で固定しておこうと考えました。
これは学者の知識としては、まだ固まっていないようですが、これから色々考えるのに不都合なので、私は私自身の解釈のため、自分の中で固定しておこうと思います。
他の人も自分なりのやり方を固めておくと、自分の理論を考えるのに楽だと思います。
次元とは、自分の見えているもの(理解できるもの)の最小単位が増え、違う解釈をできれば、増えた分が1次元増すと言える。
つまり、頭のいい人が別次元という言い方は、間違っていない。
例えば何も知らない赤子の次元は、最初は4次元。生まれた瞬間から、すでにそれを理解できる頭を持って生まれる。
赤子は点と面が違う事を理解できるし、高さも理解できる。時間経過も理解している。
視覚がある時点で3次元は理解できるし、1日経過すれば、時間が経つとともに感覚の欲求がある事を理解し、周囲も認識してそこに自分の欲求を訴えるために決まった動きをする。
物体を見て生き物とそうでないものも識別できるし、体に入ってくるものの好き嫌いもしっかり感じる。家族というものも何となく理解しているとすると、その時点ですでに違う次元を理解できている。
元々次元という言葉を作り出したのが人間で、その捉え方は個人差がある。だから曖昧すぎて、万人が納得する答えはなかなか出ないだろう。
知識の最小単位とは、そういう意味でも分けにくい。納得しやすそうなのは、言葉の次元や数字の次元や文字の次元。
言葉の知識が増えれば、人間の言葉の次元で物を理解し、同じ言葉を話す人間と意思疎通ができる。これは同じ次元にいると言えるだろう。
そして、書く事を覚えている人と覚えていない人では、「書く」行為で交流できないため、次元が分かれる。
同じように、数えるという次元においては、数字を覚えて計算するという知識の次元で物を考えられるようになる。計算式を覚えるほど、その次元の中では格が上になる。みんなから尊敬されるだろう。けれど、自分なりの計算をして生活さえできれば、実際は困る事がないので、同じ次元にいると考えていいと私は思う。
計算の答えは一つしかないけれど、解き方や数式はたくさん存在する。だから、ここは分けて考えられない。
このように、元々の人間はこれをできなかったのだから、歴史の天才達が生み出した、こういう万人の使える基礎知識は、どんなに時代を超えても大切にされるべき原点。
そして、実際は紀元前からこの知識はあった。この原点を展開して、私達は知識を増やし生きている。実はこの原点以上に増やす必要はないほど、とても優れた物をずっと前から作っていた。
今では、数え切れないほどの次元が存在する。
それを自分の生活に必要なものだけ取り入れて、人間は生きている。
あとは知識を追求するのは、全てがこだわりと個人的追求と遊びでしかない。けれど、人に迷惑をかけず喜ばれるなら、まだそれは追求しがいがある。それに人生を賭けられるなら幸せな事だ。
世の中が発展するほど、人間はバランスを崩してしまう。
盛者必衰の理は、バランスを完全に崩した時に起こる、中心の切り替えとバランスの取り直し。これがわかって来たのも、人間がまたひとつ違う次元に移行した事を意味する。
あとはそれに納得して理解したら、自分の知識と生き方に、それを取り入れて生きればいい。
人生はどうせある程度決まっていて、環境を読んで調整できるもの。自分の人生を見通す事はある意味残酷だけれど、望んで発展を選んできてしまった人間に、それを変える術もないだろう。
これ以降は、崩壊すれば人間自体の衰退の危機。
全滅すらあり得る危険な状況。だから、月に行くとか滅ぶとか、みんなが地球で今まで通りに生きる事に、不安を口にしている。
これからは安定を望むなら、自分達で自分達を制御して、腐敗したものを変えていくしかない。